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花咲く黄金 

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金華山に五月になると、円椎つぶらじいという木の花が咲いてこのように黄金色に見えることから、金華山と命名されているというような話があります。今日、岐阜に行って初めてこのような光景を見ました。スゴイ。私の写真ではわかりにくいですが、黄色が斑に金華山を覆っていました。 西日があたると、本当に黄金色になると聞いた覚えがあります。


川はもちろん長良川。

金華山の由来


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by ultra3040 | 2005-05-11 19:20 | 謎解き古代史

伊奈波神社


伊奈波神社にも行ってきました。



ひんやりと清んでいて、
光の柱も感じました。。


金山神社・愛宕神社もありました。
  →境内案内

        
~~~陸奥の金華山のつながり~~~

 垂仁天皇の子に五十瓊敷命(兄)と大足彦尊(弟、のちの景行天皇)がいたが、父はこの二人に「何を望むか」と問うた。兄は「弓矢が欲しい」といい、弟は「皇位が欲しい」といった。兄は後、因幡守に任命される。

 天皇は皇威発揚に必要な陸奥の金石を得る勅を出し、日本武尊(景行天皇第二子)による陸奥遠征が開始される。日本武尊による陸奥の金石得るための遠征が失敗に終わると、次に景行天皇は五十瓊敷命にその獲得を命じた。彼は亡母、日葉酢媛命の夢告によって金石を発見し、都へ運搬を開始する。しかし彼は讒言により朝敵の汚名をきせられ都の討手と対峙する。陸奥の金石は一夜のうちに三六丈の山となり、五十瓊敷命は嫡子らとその山に入り亡くなった。
 
 ところがある夜、天皇は夢中に五十瓊敷命の無実の訴えを聞き、彼が因幡大菩薩に化して金山に住し、四方の群生を済度しているこことを知る。天皇は大いに驚き、竹内宿禰を勅使として派遣し、厚見県を御敷地とし、金山の麓に社壇を構え、因幡大菩薩と日葉酢媛の霊を当山の峯に祀った。

 また、用明天皇の時代には、百済僧難行法師が下向し一千日の勤業を行った。
 後、壬申の乱においてこの神は、武略の神として南宮法性大菩薩(不破南宮大社)を助けたため、天武天皇はこれに謝し厚見郡をこの社のご神領とした。(以上岐阜市史より)

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by ultra3040 | 2005-04-09 22:16 | 神社放浪記

はなみ

護国神社の桜 
その年の鵜飼の豊漁をこの桜によって占うのだそうです。
 →鵜飼桜
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護国神社
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護国神社の裏になんだか、祭祀場のようなところが。
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なぜか日中友好庭園、 バックは金華山、頂上は岐阜城
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とても天気がよくお花見日和でした^^
さくらはいいですね。
桜の精の気を感じました。


女神オーラが満開でした。。
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by ultra3040 | 2005-04-09 19:10 | こころ

五十瓊敷入彦命

伊奈波神社 御祭神 五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)


以下は7~8年前にノートのメモしたものなので、ところどころ曖昧で、わかりにくいかもしれません。何を思ってそんなことしたのか、よくわかりませんが、非常に気になりましてずっと心に留め置いたものです。今となってはその本も手元にないので、もう一回調べ直そうかなと思っていましたが、とりあえずそのまま出してみます。


イニシキダイジェスト
①垂仁天皇が兄の五十瓊敷と弟の大足彦(後の景行天皇)に欲しいものを問う。
兄は弓矢を、弟は皇位を求めた。

五十瓊敷(イニシキ)
因幡守に任ぜられる
  陸奥の金石を得るためのヤマトタケルの遠征が失敗
天皇はイニシキにその獲得を命ずる。
彼は金石を得るが逆族の汚名を着せられ朝廷軍と対峙
陸奥の金石は一夜のうちに山
イニシキおよびその一族はその山中に入って死す
天皇はイニシキの無実と、彼が因幡大菩薩と化して
金山に住み、人々を済度。大いに驚き金山に社殿を設けて
彼らを当山の峯に祀る
<美濃国第三宮因幡写本縁起>

③美濃国方県郡水野郷楠見村
  県(あがた)氏という未婚の女が懐妊 二つの石を生む。
 石は日ごとに成長。 厚見郡 伊奈波神社の神が「その二つの はわが子」と託宣
女の家に忌垣を立てて祀った。<日本霊異記>

イニシキ命が茅渟の兎砥の川上宮で剣一千本を作り石神神社 に納めた
その後命ぜられて石神神社の神宝の管理者 となる。
彼が老いた後管理権は彼の妹の手を経て物部のトチネに委ねられる<垂人記>

これと似た話しがあると、その本には高句麗建国神話を出していました。他の話でもこれと似た話はたくさんあるようで、また、追々紹介していけたらなと思っております。

【高句麗の建国神話】
日光により懐妊した女 が、 のようみ固い卵を生みその卵から高句麗の建国者となる男子生まれる。七歳にして自ら弓矢を作り百発百中、名前を朱蒙「よく弓射る人」(夫餘語)
しかし、その力を恐れた王子たちにより生地を追われ逃れた地に新しい国、高句麗を建てる。朱蒙は天下った武具を祭祀。その力により王者の地位を保持。



まとめると・・・・

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       ○ 『美濃の前期古墳-前方後方墳のルーツを問う 』 美濃古墳文化研究会より 


イシュマエルは、
「荒野に出て弓射る者の祖」となり、その子孫は「野生のロバのような人となり、その手は、すべての人に逆らい、すべての人の手も彼に逆らう。彼はすべての兄弟に敵対して住もう。」

イサクとイシュマエルのお話しの中で、「皇位を得るもの」、「生地を終われ逆らう者」の2系統の争いついて紹介しましたが、金華山麓にある、伊奈波神社の祭神、五十瓊敷(イニシキ)入彦命は弓矢を求め、弟の大足彦(景行)は皇位を求めた。イニシキは、陸奥の金石を得るために遠征するも、朝廷軍から逆賊の汚名を着せられ、生地を追われ陸奥の山中に入って討死していったという話の内容に符合しているものと思われました。
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by ultra3040 | 2005-01-07 21:14 | ルーツ