ANNIVERSARY

時の鐘がなっています・・・ 

太陽のところが、三角のピラミッドふたつ砂時計のようにドッキングした形に見えます。
バレリーナか天使が羽を広げているようにも見えます・・・

          


さっきぼーとしてたら、というか瞑想に近かったかもしれないけど、
ユーミンの歌が流れてきて、あ~なんていう曲だっけ?
って思って思い出してしらべていたら、
 ”ANNIVERSARY” でした。
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# by ultra3040 | 2005-05-15 16:56 | こころ

ひみつ

いろいろとしゃべりたいことがあるのですが、ひみつなので黙っていたいです^n^!

が黙っていられずボソボソ・・・
わたしの頭の中では、スサノオをと朝鮮と男根は結びついています。


これについてもいろいろ話がありますが・・・省こっ^^


さいきんはこれに天日矛がプラスされてきました。
詳細はブログに綴っているはず・・・^^;




また素盞鳴尊は、
都怒我阿羅斯等(=新羅の王子天日槍)が
モデルであるとも言われています。
三井寺

ヒボコ伝説

メモ蘇那葛叱智と天武
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# by ultra3040 | 2005-05-14 01:26 | ルーツ

すべてはひとつ

全生命無限愛のakimitusさんのメッセージ
同じようなことを感じていたので紹介しておきますね

1893 ∞大源

皆の命、大切にしておるか
感謝しておるか
皆の一番大切な空気
これなくしては3分も
生きられまい
その酸素は何処からできるのじゃな
そしてその大元の思いは
何処にあるのじゃ
ちと考えてみ・・
お説教と思わずにな
頼むぞ、素直にな

天変地変が起ころうが
そなたがたのしょうねが
かわらずば、復興しても
何も変化すまい
何故に、地も揺れるのじゃ
水があふれるのじゃな
元はなんじゃ
それが分からぬうちは
恐怖だけじゃぞ、不安だけじゃぞ
そちの愛の心は何処へいった
愛を見る目は何処へいったのじゃ
ゲームを楽しんでいる場合か
一所懸命生きてこそ人生ぞ
今を大切にな・・
願わくば理解されたし
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# by ultra3040 | 2005-05-12 23:49 | 共生

花咲く黄金 

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金華山に五月になると、円椎つぶらじいという木の花が咲いてこのように黄金色に見えることから、金華山と命名されているというような話があります。今日、岐阜に行って初めてこのような光景を見ました。スゴイ。私の写真ではわかりにくいですが、黄色が斑に金華山を覆っていました。 西日があたると、本当に黄金色になると聞いた覚えがあります。


川はもちろん長良川。

金華山の由来


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# by ultra3040 | 2005-05-11 19:20 | 謎解き古代史

新羅考

『三国遺事』には、
「新羅・阿達羅(あだるら)王の四年(157)に東海の浜辺で藻を採っていた延烏郎(よんおらん)という男がいた。ところが延烏郎が乗っていた岩が急に動きだして彼を日本に運んで行ってしまった。それを見ていた日本の国人が、この人は普通の人ではないとして国王にした。延烏郎の妻の細烏女(せおにょ)は……岩は細烏女も日本に運んだので、国王となった延烏郎は妻を貴妃にした。二人が日本に行ってしまうと新羅では太陽と月の光が消えてしまった。……」
という説話になっている。


天孫降臨と太陽信仰が日本にもたらされたことを示している。
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# by ultra3040 | 2005-05-08 21:28 | 謎解き古代史

アナヒーター

「観音」は仏教の神としてなんの抵抗もなく受け入れられているが、実は「観音」とは「光輝き放つ物」という意味の古代ペルシャ語の音訳である。光輝きを放つのは古代ペルシャのアナヒーター女神の特徴で、観音はこの女神との共通点が多く、その姿はいかにも拝火教(ゾロアスター教)の神らしい。
 
 その起源は古代のペルシャのミトラ信仰にある。ミトラとは、太陽神、光と真理の神であるが、ゾロアスター教においては最高神と人間の仲裁者でもある。そして西アジアにおいて仏教と融合した形で、中央アジア系の民族によって、日本列島にもたらされていたのである。


 東大寺の二月堂で行われる「お水取り」は、火のたいまつを振り回す拝火教の行事そのものである。そして祭神の「遠敷明神おにゅうみょうじん」とは、実はアナヒーター女神の音訳で、「北方から正月の水が2本、地下を流れる」という設定は、ペルシャのカナート(地下水路)を表現している。つまり「お水取り」はアナヒーター女神に水を供える行事なのである。

   天皇家と日本の正史―現人神と万世一系の超秘密 より
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# by ultra3040 | 2005-05-08 14:49 | 謎解き古代史

star ☆スタート


なぜか、それは絶対であるという思いがふつふつと湧いてくる



この間見た夢の、マグマのように燃え盛る太陽は、永遠不滅であり、それは絶対ということばがぴったりだ





それは、「約束」であって、


「約束」だったと思った


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白山のロッジにて(雷の後の太陽)






「愛」は無理をしてするものではく、

ただ気がつくにいたるもの





愛するからここにいるのであり、

自身もまた愛によって生まれ、

愛により生かされ、

愛するから存在するのであり、


すなわち、わたしたちは愛そのものの存在




愛が創造するのであり、

愛によって生まれ、

愛に生き、

愛するから創造する




とめどもな涙を流し、熱い思いが流れ。。







思い出して
 あなたというかけがえのない存在のことを



あなたという、宇宙に輝くスターのことを・・・・・・・
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# by ultra3040 | 2005-04-24 15:03 | こころ

伊富岐神社

 古代伊富岐山麓に勢力を張っていた伊福氏の祖神をまつってあり、この神社付近には石器時代の遺跡や山頂古墳も多く、古代の豪族が住んでいたことも明らかです。この神社は古来より美濃の二ノ宮として崇敬されており、岐阜県指定の天然記念物の杉の古木があります。(案内看板より)
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「伊吹」「伊福」は「息吹」「気吹」の意で、踏鞴をつかさどる職業的名称。
「息長」も同様で、空気を送って火を起こすときの息を長く吹く状態から命名されたもの。
伊福部氏の祖は尾張氏と同祖火明命で、尾張氏の下で金属生産に従事する。
伊福部と天日鉾

 
          



静かな場所でとても落ち着きました。
なつかしいかんじがします。(地元ですが ^^;)
物部郷は、なぜかいつもすごく落ち着く場所で
知らない場所でも物部郷に行くといつも、
ここに住みたいと思ってしまう場所なのです。


風の強かった日に一度伊吹山に呼ばれて
ふらふらと行ってみたらこの「伊富岐神社」を発見しました。
とても居心地のいい場所です。
まわりは典型的農村風景でこころ穏やかでした。
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# by ultra3040 | 2005-04-17 22:40 | 神社放浪記

金神社 コガネジンジャ


五十瓊敷の奥さんの
「渟熨斗姫命(ぬのしひめのみこと)」が金神社に祭られています。
伊奈波(いなば)神社とは、夫婦の関係になります。

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# by ultra3040 | 2005-04-14 21:55 | 神社放浪記

心の中が変わることで外の世界も変わる

なんか外側を変えようと思って

必死・・・;


心の中を変えればいい・・・

「自分に対する認識が変わる」
ただそれだけなのかも。




自分自身
そのままが
ただ自分を受け入れることによって、
ただただ愛されるばかりの存在であったのかも。

そのままで、愛される存在だったんだ
もう無駄な努力をしなくてもいいんだ、。




なんか一所懸命、欠点を直そうといつも努力していたけど・・・
なんか重箱の隅をつついてダメさを穿り返していたけど。

それも、わたし。

ひとつのわたし。

どこから見てもわたし。

これで、いい




これでいい

これでいいのだー♪
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# by ultra3040 | 2005-04-12 19:09 | こころ

”Love Call”

なんか昨日からいろいろあって何から話したらいいんだか・・・・
神さまからの”Love Call”だった・・・・・ ヾ(゚Д゚)ノーーー!!ヒョェェ~~

セッション並に強烈


以前、胸がつまっていた感じがあったので
息詰まっていたのか、息してなかったからかもと思うほど
昨日は深呼吸を繰り返してました・・・




なんていうか強烈で今思えばあれはなんだったんだろって感じ
次元が・・・

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# by ultra3040 | 2005-04-11 20:24 | こころ

伊奈波神社


伊奈波神社にも行ってきました。



ひんやりと清んでいて、
光の柱も感じました。。


金山神社・愛宕神社もありました。
  →境内案内

        
~~~陸奥の金華山のつながり~~~

 垂仁天皇の子に五十瓊敷命(兄)と大足彦尊(弟、のちの景行天皇)がいたが、父はこの二人に「何を望むか」と問うた。兄は「弓矢が欲しい」といい、弟は「皇位が欲しい」といった。兄は後、因幡守に任命される。

 天皇は皇威発揚に必要な陸奥の金石を得る勅を出し、日本武尊(景行天皇第二子)による陸奥遠征が開始される。日本武尊による陸奥の金石得るための遠征が失敗に終わると、次に景行天皇は五十瓊敷命にその獲得を命じた。彼は亡母、日葉酢媛命の夢告によって金石を発見し、都へ運搬を開始する。しかし彼は讒言により朝敵の汚名をきせられ都の討手と対峙する。陸奥の金石は一夜のうちに三六丈の山となり、五十瓊敷命は嫡子らとその山に入り亡くなった。
 
 ところがある夜、天皇は夢中に五十瓊敷命の無実の訴えを聞き、彼が因幡大菩薩に化して金山に住し、四方の群生を済度しているこことを知る。天皇は大いに驚き、竹内宿禰を勅使として派遣し、厚見県を御敷地とし、金山の麓に社壇を構え、因幡大菩薩と日葉酢媛の霊を当山の峯に祀った。

 また、用明天皇の時代には、百済僧難行法師が下向し一千日の勤業を行った。
 後、壬申の乱においてこの神は、武略の神として南宮法性大菩薩(不破南宮大社)を助けたため、天武天皇はこれに謝し厚見郡をこの社のご神領とした。(以上岐阜市史より)

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# by ultra3040 | 2005-04-09 22:16 | 神社放浪記

はなみ

護国神社の桜 
その年の鵜飼の豊漁をこの桜によって占うのだそうです。
 →鵜飼桜
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護国神社
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護国神社の裏になんだか、祭祀場のようなところが。
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なぜか日中友好庭園、 バックは金華山、頂上は岐阜城
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とても天気がよくお花見日和でした^^
さくらはいいですね。
桜の精の気を感じました。


女神オーラが満開でした。。
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# by ultra3040 | 2005-04-09 19:10 | こころ

都怒我阿羅斯等

きのう都怒我阿羅斯等のページを見てはじめて知ったんですが、
その昔、額に角がある人が船に乗って越前国笥飯浦(敦賀)に着いた。話を聞くと日本に聖皇(崇神天皇)がいると聞き、加羅国(朝鮮半島南部に存在した国)から仕えるために来たとのこと。だが、天皇は崩御したばかりで、次の垂仁天皇に仕え、3年が過ぎて故郷へ帰ることになった。そのときに崇神天皇(名は御間城入彦五十瓊殖尊)の名を貰い、国名(任那)としたという話である。

五十瓊殖尊イニシキとあるではないか!!崇神天皇ってイニシキだったのね。
え!?ということは、都怒我阿羅斯等は御間城入彦五十瓊殖尊ってこと!?

なんか話が繋がってきたと思うのは私だけ?
すごい、すごい!!ひとりでさわいでる~!
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# by ultra3040 | 2005-04-04 11:22 | ルーツ

常宮神社



御祭神 本殿  天八百萬比咩命
           神 功 皇 后
          仲 哀 天 皇

白鬚神社に行ったときに、次は立石岬に行きたいと思い、今日行ってきました。理由は白鬚神社の地点をを真っ直ぐ北に延ばすと立石岬、南に伸ばすと、新宮・・・。こじつけ?あ、吉野も通る!?立石に着いたときは雨降って寒く、灯台まで200m歩くことのなっていたので断念^^;途中に「常宮神社」というのがあり、立ち寄りました。見たら、神功皇后関連でした。白鬚神社からの繋がりからか、やはり新羅関係でした。

七月二十二日に、
「気比の神々が一年に一度海上渡行をされ、当神社へお渡りになる。別名、七夕祭りとも称される。」 とのこと。気比神宮と対になるようですね。

天八百萬比咩命は養蚕の神とのこと、秦氏でしょうか。
気比神宮に都怒我阿羅斯等が祀られていたので、新羅なのは当たり前でしょうか。やっぱり、気比神宮に行こうかな・・・。

          




森が古代祭祀場のようで、気持ちがよかったです。 龍さんのよう。




         
               女の神様なので華やいでました^^
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# by ultra3040 | 2005-04-04 00:24 | 神社放浪記

舞台の上へ

ルビーのメッセージ

   天の玉座に昇り、永遠の遺産を求めよ

以下はジャン・スピラーの前世占いより~すこしメモ
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# by ultra3040 | 2005-03-21 18:33

ミトラス教

松岡正剛の千夜千冊『ミトラス教』 より

ミトラ神については謎が多く、何も明らかにされていないそうです。
幼神ミトラ(ミトラス)は12月25日に岩から生まれたということだ。岩のことをペトラ・ゲネトリクスという。このことはミトラが「冬至」の儀式と深いつながりをもつことを意味する
ということで、ミトラも日光感性神話のひとつと言えそうです。これは、冬至の日に御岳を位山より拝むと、御岳[巨大な岩]から太陽が昇るそうです。
冬至とは「太陽の再生」を願うことである(ナタリス・ソリス)。あるいは「征服されざる太陽の誕生日」のことである。この日にイエスが生まれたとするキリスト教が、こうしたミトラの誕生譚を換骨奪胎したであろうことは推測するに難くない。
だから、天照とキリストが結びつくのでしょうか?
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# by ultra3040 | 2005-03-15 00:22 | ルーツ

日本の誕生

天武天皇こと大海人は、はっきりとこの不敗の神 ミトラ=「ミロク」を意識して、壬申の乱を戦ったようである。
「伊勢」という地名も「磯」が転じたものだと考えられており、鈴鹿の山中で天照を崇拝するという構図は成立しないようだ。「天照」というよりは「海照」だったと考えるべきだろう。又、天照が太陽神ならば別に海にこだわる必要は無いのだろうが、大海人が海人族の影響を受けていたと結果と言えそうだ。海人族は伊勢の神を海から産出する海産物の恩恵にあやかり「御食つ神」としており、この考え方は後の宮廷に引き継がれている。
 このとき水平線から出現する太陽を大海人は勝利の兆しと見たか、この後、太陽を背に近江に向けて攻めかけることになる。太陽とともに東側から攻めるという構図は神武東征と同じである。
 伊勢の神が太陽神になったのはこの時なのかもしれない。

大海人と天照より


日を背負いてこそ撃ちめ”という幻想 こそ、大海人自ら太陽を背負い降臨する図を頭に描いていたに違いない。「大君は神にしませば」と謳われた大海人こと天武は、おそらく自ら北方騎馬民族特有の太陽降臨神話始祖伝承、つまりこの国の王始祖としてこの国に君臨した、と言っているに相違ない。
日本人および日本の誕生
  (両面宿儺伝説をめぐる奇想)


 伊勢神宮には、天武・大海人が祭祀制度を確立した、皇祖神を祭る最初の公的な神宮として知られている。
 天武は、絶対王政と律令制度によって軍事的、政治的な独立国家としての日本を急速に確立しょうとしただけではない。西アジア的な太陽信仰に基づく、文化的にも独立した日本という国家の確立を急いだ。


『古代天皇家と日本正史―現人神と万世一系の超秘密』より

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# by ultra3040 | 2005-03-14 03:05 | ルーツ

太陽と黄金

さてさて、「日光感精神話」 から
お次は、「金華山(イナバ山)」です。


ミロクの道
岐阜に金華山(稲葉山、写真、手前三角錐のピラミッド型の山)という山があるのですがそこから夏至の日に御岳(写真後方)を望むと御岳の上から太陽が昇るらしいです。その、丑寅の方角をそのまま延長すると、仙台の金華山(古くは金山毘古、金山毘売神を祀る縁起式内社があった)の方を指すといわれています。また、その丑寅の線を南西に延長すると、京都府相楽郡の笠置山(古来からのミロク信仰のメッカ)、奈良の東大寺、法隆寺、法起寺にぶつかり、この線上をミロクの道というふうに名づけられています。

おそらく、古くより、御岳はミロクが下生する山(蔵王権現)として崇められたようです。

 ※ミロクは、アジアでは古くから鬼門とされた東北の山から下生すると言われている。


 以上 『濃尾古代史の謎水と犬と鉄』 尾関章著 より 
http://ultra3040.exblog.jp/1751804/



             


ご存知、金華山の麓にある
伊奈波神社伝承

イニシキ命=イナバ山の主神

 「五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)」

イニシキ・・・。
イニシキとは、西から来たの意、
(イは接頭語)のことだそうです。




☆日光感精神話(北アジアの遊牧騎馬民族に特有の神話)
神霊の精気を受けて懐妊し、神の子を生むという形式の中でも、特に女性が日光に感じて妊娠し、太陽神の子を生むといった形式。

③美濃国方県郡水野郷楠見村
  県氏の娘、未婚の女が懐妊
厚見郡 伊奈波神社の神が「その二つの はわが子」との託宣
女の家に忌垣を立てて祀った。<日本霊異記>
----------------------------------------------------------------------------------------
この話は美濃の国の方縣の郡水野の郷の楠見という村のことあるが、それによれば、そこのある豪族の娘が、嫁がず、未通のまま懐妊する。そして延暦元年の春に、二つの四角い石を産む。一方は青と白の斑、他方は青一色で、大きさは十五センチぐらい(五寸)。毎年大きくなったということである。隣の淳見という郡には伊奈婆という大神があるが、ある時その神が巫女に取りついて「その産まれた二つの石は自分の子だ」と言う。そこで女は家の中に忌籬を立てて斎いたということである。
―夢窓疎石と作庭 ---- 霊石の系譜学 ◆ 「小石神」「丸石神」より―



―イナバ山の場合―
御嶽 = 巨大な岩 = 母の胎内

からお生まれになった太陽(の御子) = 五十瓊敷入彦命か? ミロク?


もちろん、金華山(イナバ山)→ 御嶽

夏至の日の出の方角、  丑寅の方角=鬼門。

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                   御岳と金華山 1/13 [写真]
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# by ultra3040 | 2005-03-13 18:26 | ルーツ

神の復活


次の岩戸しめは天照大神の時ぞ、
大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、
ダマシタ岩戸からはダマシタ神がお出ましぞと知らせてあろう。
いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、
日の大神揃ふてお出まし近うなって来たぞ。
 

次の岩戸しめは素盞鳴命に総ての罪をきせて
ネの国に追いやった時であるぞ、
素盞鳴命は天ヶ下は重きもののつもりて
固まりたものであるからツミと見へるのであって、
よろずの天の神々が積もる(と言ふ)ツミ(積)を
よく理解せずして罪神と誤って了ったので、
これが正しく岩戸しめであったぞ、
命をアラブル神なりと申し伝へているなれど、
アラブル神とは粗暴な神ではないぞ、
あばれ廻り、こわし廻る神ではないぞ、
アラブル(現生る)神であるぞ、
天ヶ下、大国土を守り育て給う神であるぞ、
取違いしてゐて申し訳あるまいがな。
このことよく理解できねば、
今度の大峠は越せんぞ。
絶対の御力を発揮し給ふ、
ナギ・ナミ両神が天ヶ下を
治らすお役目を命じられて
お生みなされた尊き御神であるぞ。
素盞鳴の命にも二通りあるぞ、
一神で生み給へる御神と、
夫婦呼吸を合わせて生み給へる御神と、
二通りあるぞ、
間違えてはならんことぞ。


神武天皇の岩戸しめは、
御自ら人皇名乗り給ふより
他に道なき迄のお働きをなされたからであるぞ。
神の世から人の世への移り変わりの事柄を、
一応岩戸にかくして神ヤマトイハレ彦命として、
人皇として立たれたのであるから、
大きな岩戸しめの一つであるぞ。



ひふみ神示より
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# by ultra3040 | 2005-03-07 16:31 | ひふみ神示

天照大御神

Leyline Hunting
●2002.06.24 夏至の結界には
夫婦岩の間から顔を覗かせる太陽は、まさに天孫の降臨を表し、それを待ち受けるわけだ。遥拝所に立ち、夫婦岩のちょうど真中にGPSを向けると、電子コンパスは、背後の興玉神社の本殿から伊勢内宮までが直線で結ばれることを示す。
とレポートされていて、富士より昇り来る朝日はそのまま伊勢神宮、皇大神宮(こうたいじんぐう)「内宮」へと突き刺す。天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の登場である。おそらく皇室の祖であろうか・・・。

天照皇大御神、こう聞いただけで一気に波動レベルが重くなったのは気のせい?まだまだ、払拭することがたくさんあるようですね。。万世一系・・・、万世一系って何?個人的には、こんな程度です。。天皇制度ってなんなんだ!!そんなもん、なくしてしまえばいい!お馬鹿なわたしは、どちらかというと、そんな感じです^^なんか、悪い面を見て極論を言っているのかしらね?

なんか思わず、どえらいところに来てしまった気が・・・。万世一系、天皇、騎馬民族、なんか最近そんな、キーワードで埋め尽くされしまって・・・。世間でも、天皇家は騒がれているご様子。ここまで来たら避けては通れない。。いったい、わたしのブログはこの先どこへいっちゃうの(笑)

なんて、本当はもはや、「われわれは、どこに行ってどこに行くのだろうか」と言って、あてどもなく、彷徨い続けていないで、自分のルーツを見つめ、「われわれとは、いったい何者か?」の答えを知る時期に来ているのではないのか?

『古代天皇家と日本正史―現人神と万世一系の超秘密』 の言葉を借りると、
世界が「力の道」ではなく、「いのちの道」のなかでひとつになれるよう
わたしもひとつこのようなテーマを掲げ模索してみたいと思う。
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# by ultra3040 | 2005-03-07 02:30 | ルーツ

日光感精神話

日光感性神話をご存知ですか?
上記のサイトより引用しますと
神霊の精気を受けて懐妊し、神の子を生むという形式の中でも、特に女性が日光に感じて妊娠し、太陽神の子を生むといった形式。建国神話及び始祖神話として語られる。

北アジアの遊牧騎馬民族に特有の神話であり、蒙古・鮮卑・契丹・高句麗などの神話や、華北に侵入して樹立された王朝の始祖伝承にも多く見られる。

ということで、二系統の確執で取り上げた伝承
③美濃国方県郡水野郷楠見村
  県氏の娘、未婚の女が懐妊
厚見郡 伊奈波神社の神が「その二つの はわが子」との託宣
女の家に忌垣を立てて祀った。<日本霊異記>
と酷似というわけで、女の腹に日光が射し懐妊の話はおよそ、十年位前からわたしの頭の中にこびりつき、ずっとナゾだったんですね。
こちらも参考→太陽の母子神
ギリシア神話のダナエもそんな感じがしています。

そして、なんとサルタヒコも!!

以下加賀神社より
出雲国風土記によると
 『ここに窟がある。 いわゆる佐太の大神のお産まれになった場所である。 お産まれになるそのときになると、弓箭が亡くなった。 その時枳佐加比売命が祈願して、「私の御子が麻須良神の御子であるなら、亡くなった弓箭よ出て来い」 と祈願された。 その時、角の弓箭が流れ出た。 その時お生まれになった御子は詔して、「これは私の弓ではない」 と投げ棄てた。 また金の弓箭が流れ出てきた。 これを持ち取って、「なんと暗い窟であろうか」 と仰せられ、岩壁を突き破って射通しなされた。 云々
 その時光が加加とあかるくなった。 よって加加(かか)という。』


太陽崇拝

『出雲国風土記』では、洞窟の中にさした金の矢によって、枳佐加比比売命は妊娠し、佐太の大神を産んでいる。 谷川健一氏は『出雲びとの風土感覚』で、

 加賀の潜戸をおとずれて、そこでわかったことは、洞窟が東西に向いているという事実であった。 洞窟の西の入り口に舟を寄せてみると、穴の東の入り口がぽっかり開いている。 そのさきに的島とよばれる小島が見える。 その的島にも同じように東西に貫く洞窟があって、つまり、加賀の潜戸と的島の二つの洞窟は東西線上に一直線に並んで、もし的島の東から太陽光線が射し込むとすれば、その光線は的島の洞窟を貫き、さらに加賀の潜戸の洞窟もつらぬくということが分かった。 

 二つの洞窟の方向は、真東ではなくやや北の方にずれている。 したがって、それは夏至の太陽がのぼる方向に向いている。 夏至の太陽は的島の東に姿を現し、的島の洞窟と加賀の潜戸を一直線に射しつらぬく。 そのときに、それは黄金の弓矢にたとえられたのであり、太陽の洞窟から、佐太の大神は生まれ出たのであった。

と記している。 古代人にとっては、洞窟は母の胎内であり、洞窟の入り口は、門・鳥居ともいうべきもので、太陽の光がさすということは、日の御子誕生のための聖婚の行為であった。-天照大神と前方後円墳の謎より-




二見ヶ浦では、夏至の日に太陽は富士山の真上から、昇る。沖の700m沖合いには、興玉神石(→後祭神猿田彦大神の誕生石と伝えられている)が海の下に鎮まっているという…。

「太陽」が岩に依りつきお生まれになった神、猿田彦大神・・・常世の神が太平洋の彼方からよりつく聖なる場所、二見。ふたたび見る、太陽神。太陽神のよみがえり。
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# by ultra3040 | 2005-03-06 23:12 | ルーツ

白鬚神社

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白鬚神社に行ってきてしまった。お天気はあまりよくなかったけど、三角錐のイワクラもあって不思議なところでした。琵琶湖はきれいで、また天気のいい日に来たいな。。ここも、朝日がよいかも。

 ◎白鬚神社の岩石祭祀事例(滋賀県高島町)

さくらさんに教えてもらったページ。
 ◎白髭神社と新羅(2)、琵琶湖西岸
わたしは、やたら新羅関係ばっかかも。
いよいよ、継体も呼んでいる…
 ◎湖北・湖西に朝鮮文化をたずねる


 湖上の鳥居は沖の島に向かって建てられているそうでこの方角は・・・?
ピラミッド型の三角錐のイワクラなので、やはり太陽祭祀と関係ありそうと思ったけど、よくわからなった。。

       
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# by ultra3040 | 2005-02-13 19:19 | 神社放浪記

闇の輝き

 神倉山は女神なので、男しか、上り子になれないのだそうです。
『女の神様の母胎に帰るんだ』(中上健次)そうで、それはそれは、勇ましい男気あふれるお祭りでした。おとこが男になれる祭り、男性面強化中の私はできるもんなら、私もやってみたい、羨ましいお祭りでした。崖のようなところを駆け下りるので、半ば宙を飛んでいる・・・、お酒飲まないと無理とお話しされていました。先頭の人は飛び出してから駆け下りるのに、二分をきるというそうです。いいな~、やってみたい。。わたしは、結構怖いの大好きなんで・・、男性性がないというより、隠れているだけで、ブロックさえなければ、きっとどこまでもいくのでしょう。だから、痛い目にあっていたりして本当は懲りない人なのでしょうね
        
 そんな話しをしていたら、次の日、仙人と呼ばれる人が登場して、仙人??なんて思っていたのですが、これが、また衝撃でした。
「女の人は男の山に登ったらいい」なんていうお話をしてくださり、この山が777m。おお、ビンゴ!!きっと、また登りに行っているでしょう。(笑)
この仙人と呼ばれていた人の話が、すごかったです!何がすごいかと言ったら、話しもおそらくすごいのですが、降ろしてくるエネルギーがすごかった。たまたま、わたしは仙人の隣だったんですが、話している間、ずっと下腹部あたりから、第一チャクラ、基底部あたりが、かぁーっと熱くなってくるんですね。こんなことは初めてです。エネルギーも相当で、体が内から発火してくるという感じでした。みんなも真剣に聞いており、涙ぐんでいる人もちらほら。mikoさんは、最初から大泣きしていました^^ 神さまが近かったです。熱かった。陰陽の話しをされ、女性が力を発揮できないように封印をされているので、そういう山も封印されていたのだ、などというお話です。全くのシンクロシニティで思わず喜んでしまいました。なかなか、きわどい話しをしていたとおもったのですが、どうでしょう。

 これから、地球の揺れが激しくなり、地球全体で通過儀礼を体験していくことになっていく、というお話しでした。すべての人の目覚めを促すためです。みなさん、こころしてかかりましょうね。生きながら、死を通過するのですよ~。何もかもが胎内くぐりです。でんでん、でんぐり返ってバイバイ、バイ。死を知ることは、すなわち、それ生なり。本当の生きる喜び、いのちの躍動を体験しましょうね。

 民族学では、日常を「ケ」といい、通過儀礼・祭事を「ハレ」といいます。「ケ」(気・生命力)が枯れた「ケガレ」状態でこれを回復するのが「ハレ」。こころの垢や病気を晴らし祓う。「ハレ」の空間で擬似的な死と再生を体験することによって、新しい年を健やかに新しい気を迎えいれ、元気をよみがえらせ、そしてまた、日常にもどって暮らしていくということのようです。なるほど、古代から連綿と続く祭りには、多くの真理が含まれているようです。もしくわ、当たり前のことを、当たり前のように行ってきただけなのかもしれません。

 熊野の地名には、「隈々しい」=深く隠れる、を意味するともいわれています。一家総出、地球全体で病み、止み、そして闇。わたしたちを生かし給う根源のエネルギーは闇の中でさらなる輝きを見出す己自身でもある。廻るいのちの火を戴き、再びこころに点火させて、火を受け継ぐ者、これぞ日継ぐ【ヒツギ】の民と申す者。私自身この先、何によって動いていけるのか、わたしの「しん」なる思いの不動のこころを養う旅でもあったようです。

              
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# by ultra3040 | 2005-02-08 22:03 | こころ

お灯まつり

女の人は神倉神社境内入り口のあの注連縄より中は入れなくて、豪壮な火の風景の写真はなかなか撮れませんでした。しかもぼけぼけな写真です。。
 
 ・ニュースの写真
     YOMIURI ON-LINE /フォトニュース
     火竜、一気:新宮お灯まつり - 毎日新聞 -
 ・観光案内の写真
     ふるさとの窓 【わかやまの風物詩】

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# by ultra3040 | 2005-02-08 12:05 | こころ

たまゆら


速玉大社についたときは、ものすごい神気でした。
祭りの荒々しい男の熱気と神々しい神様の気が高まっていたのでしょうか。
もう一度行きたい場所!!祭りの日でないと、ああではないんかな?
とにかく、すごい気。たまらないです・・


たまゆらが写ってました。こちらのは、人々のご先祖様でしょうか。    
mikoさんがすごいたまゆらを撮られていたのでそちらの方をお楽しみに!


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# by ultra3040 | 2005-02-08 11:58 | こころ

祭りの前


 装束を身につけたときから、神の子になるといいます。参加者 は上り子と呼ばれ熊野神のたどった道をなぞるように、阿須賀神社速玉大社などを参拝して、神倉社の山に登るのだそうです。
 その途中、夕暮れの迫る道筋のあちこちで、清めの酒が振舞われます。俗称「ケンカ祭り」と呼ばれるこの祭りは、暗くなったのを幸いに、酒もほどよい頃合にまわれば、ケンカがはじまるらしい・・・。松明をかついで、登るので、これが、かっこうの武器になります。山からおりてくるときには殴られて、血だらけになっていた人もいました。機動隊の完全武装隊はここぞとばかり、絶好の活躍の場であるらしくやる気満々で待機です。臨場感たっぷりのレポート→「やっぱお燈まつりでしょ」松明をがっちんことさせて、頼むでぇ~!掛け声とともに祭りの興奮が充満していきます。





花の窟でお祈りし、だんだんお灯まつりが近づくにつれ、だんだん空の様子が異様な雰囲気に包まれ、鱗のような、亀の甲羅のような雲の模様が広がっていきました。新宮につき、阿須賀神社に向かう頃には、神倉山は夕暮れとともに黄金色に輝き、光の柱が立ったように見えました。。
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# by ultra3040 | 2005-02-08 11:58 | こころ

花の窟



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# by ultra3040 | 2005-02-08 11:33 | こころ

紀伊の海

橋杭岩
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七里御浜
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# by ultra3040 | 2005-02-08 10:57 | こころ

伊吹《ネウ》

 私はこの地域をとくに伊吹《ねう》地帯とよぶ。丹生は全国に拡がる地名で赤い顔料となる土、すなわち朱(硫化水銀)や丹(四塩化鉛)の産地を指す古語とされているが、赤鉄鋼、褐鉄鉱、酸化鉄、鉄丹といわれており、その産地名も丹生であった。(中略)丹生は仮名書きでは「にゅう」「ねふ」「ねう」が共通し、その訛りは「ねお」となる。中国山地の有名な和鉄の名産地伯耆(鳥取県)の製鉄中心地は根雨という町であった。この町名は「ねう」の宛て字であるが、大正になってもこの地方の老人は「ねお」と発音していた。その四隅を「ねう」という名をもつ土地に囲まれた伊吹《ねう》地帯の存在を偶然といい捨ててよいであろうか。しかもこの区画のなかには、鉄の神体山伊吹山、金糞山、金糞を最近まで出土していた南宮山が聳え、その外延上の北に土倉鉱山、赤谷、高倉峠、金草岳が連なっている。(中略)先般、根尾村の西に隣する徳山村の中央部、金糞岳、土蔵岳と根尾と結ぶ線上に、入谷(にゅうだに)、門入(かどにゅう)、戸入(とにゅう)という地名が集中していることを知らされた。地名で「入」と書いて「にゅう」と読むのは珍しく、(中略)ここでは古くから辰砂が採取されていて、その遺跡は弘法穴とよばれていて古い村人の記憶にある。根雨も根尾も「入」も、みな丹生なのである。和歌山県紀ノ川流域は海人族が開拓して砂鉄精錬をおこなっていたといわれているが、その上流にある丹生川の岸辺には鉄鉱石を混えた辰砂が露出している(「和鉄の文化」)。

 伊塚氏は、この「伊吹《ねう》地帯」で和鉄革新を行った氏族を伊吹山西麓地のその根拠地を有した息長氏一族とされ、その配下には伊勢湾-琵琶湖-敦賀湾-日本海を結ぶ海人族がいたとされる。
四、五世紀の日本本土中央部において、太平洋と日本海を琵琶湖によって結合する本州縦断の水・陸ルートと、さらにこれに直結した朝鮮半島への「中ツ海道」国際幹線路との関門は、すべて名門貴族息長氏の勢力圏内にあった。(前掲書)

 朝鮮半島の激動の余波は、この道を通してもくりかえし日本列島に押し寄せていたにちがいない。
 蚩尤や一つ目に代表される鉄の神々の伝承や、各地に残された鉄の地名はの数々は、中国大陸、朝鮮半島、そして日本列島各地を移動した金属産出の民の残した足跡であったにちがいない。そして、各地を転々とした彼らこそ、古代における始源の開拓者であったといえるだろう。

『濃尾古代史の謎水と犬と鉄』 尾関章著 より抜粋
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# by ultra3040 | 2005-02-04 17:06 | 謎解き古代史