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舞台の上へ

ルビーのメッセージ

   天の玉座に昇り、永遠の遺産を求めよ

以下はジャン・スピラーの前世占いより~すこしメモ
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by ultra3040 | 2005-03-21 18:33

ミトラス教

松岡正剛の千夜千冊『ミトラス教』 より

ミトラ神については謎が多く、何も明らかにされていないそうです。
幼神ミトラ(ミトラス)は12月25日に岩から生まれたということだ。岩のことをペトラ・ゲネトリクスという。このことはミトラが「冬至」の儀式と深いつながりをもつことを意味する
ということで、ミトラも日光感性神話のひとつと言えそうです。これは、冬至の日に御岳を位山より拝むと、御岳[巨大な岩]から太陽が昇るそうです。
冬至とは「太陽の再生」を願うことである(ナタリス・ソリス)。あるいは「征服されざる太陽の誕生日」のことである。この日にイエスが生まれたとするキリスト教が、こうしたミトラの誕生譚を換骨奪胎したであろうことは推測するに難くない。
だから、天照とキリストが結びつくのでしょうか?
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by ultra3040 | 2005-03-15 00:22 | ルーツ

日本の誕生

天武天皇こと大海人は、はっきりとこの不敗の神 ミトラ=「ミロク」を意識して、壬申の乱を戦ったようである。
「伊勢」という地名も「磯」が転じたものだと考えられており、鈴鹿の山中で天照を崇拝するという構図は成立しないようだ。「天照」というよりは「海照」だったと考えるべきだろう。又、天照が太陽神ならば別に海にこだわる必要は無いのだろうが、大海人が海人族の影響を受けていたと結果と言えそうだ。海人族は伊勢の神を海から産出する海産物の恩恵にあやかり「御食つ神」としており、この考え方は後の宮廷に引き継がれている。
 このとき水平線から出現する太陽を大海人は勝利の兆しと見たか、この後、太陽を背に近江に向けて攻めかけることになる。太陽とともに東側から攻めるという構図は神武東征と同じである。
 伊勢の神が太陽神になったのはこの時なのかもしれない。

大海人と天照より


日を背負いてこそ撃ちめ”という幻想 こそ、大海人自ら太陽を背負い降臨する図を頭に描いていたに違いない。「大君は神にしませば」と謳われた大海人こと天武は、おそらく自ら北方騎馬民族特有の太陽降臨神話始祖伝承、つまりこの国の王始祖としてこの国に君臨した、と言っているに相違ない。
日本人および日本の誕生
  (両面宿儺伝説をめぐる奇想)


 伊勢神宮には、天武・大海人が祭祀制度を確立した、皇祖神を祭る最初の公的な神宮として知られている。
 天武は、絶対王政と律令制度によって軍事的、政治的な独立国家としての日本を急速に確立しょうとしただけではない。西アジア的な太陽信仰に基づく、文化的にも独立した日本という国家の確立を急いだ。


『古代天皇家と日本正史―現人神と万世一系の超秘密』より

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by ultra3040 | 2005-03-14 03:05 | ルーツ

太陽と黄金

さてさて、「日光感精神話」 から
お次は、「金華山(イナバ山)」です。


ミロクの道
岐阜に金華山(稲葉山、写真、手前三角錐のピラミッド型の山)という山があるのですがそこから夏至の日に御岳(写真後方)を望むと御岳の上から太陽が昇るらしいです。その、丑寅の方角をそのまま延長すると、仙台の金華山(古くは金山毘古、金山毘売神を祀る縁起式内社があった)の方を指すといわれています。また、その丑寅の線を南西に延長すると、京都府相楽郡の笠置山(古来からのミロク信仰のメッカ)、奈良の東大寺、法隆寺、法起寺にぶつかり、この線上をミロクの道というふうに名づけられています。

おそらく、古くより、御岳はミロクが下生する山(蔵王権現)として崇められたようです。

 ※ミロクは、アジアでは古くから鬼門とされた東北の山から下生すると言われている。


 以上 『濃尾古代史の謎水と犬と鉄』 尾関章著 より 
http://ultra3040.exblog.jp/1751804/



             


ご存知、金華山の麓にある
伊奈波神社伝承

イニシキ命=イナバ山の主神

 「五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)」

イニシキ・・・。
イニシキとは、西から来たの意、
(イは接頭語)のことだそうです。




☆日光感精神話(北アジアの遊牧騎馬民族に特有の神話)
神霊の精気を受けて懐妊し、神の子を生むという形式の中でも、特に女性が日光に感じて妊娠し、太陽神の子を生むといった形式。

③美濃国方県郡水野郷楠見村
  県氏の娘、未婚の女が懐妊
厚見郡 伊奈波神社の神が「その二つの はわが子」との託宣
女の家に忌垣を立てて祀った。<日本霊異記>
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この話は美濃の国の方縣の郡水野の郷の楠見という村のことあるが、それによれば、そこのある豪族の娘が、嫁がず、未通のまま懐妊する。そして延暦元年の春に、二つの四角い石を産む。一方は青と白の斑、他方は青一色で、大きさは十五センチぐらい(五寸)。毎年大きくなったということである。隣の淳見という郡には伊奈婆という大神があるが、ある時その神が巫女に取りついて「その産まれた二つの石は自分の子だ」と言う。そこで女は家の中に忌籬を立てて斎いたということである。
―夢窓疎石と作庭 ---- 霊石の系譜学 ◆ 「小石神」「丸石神」より―



―イナバ山の場合―
御嶽 = 巨大な岩 = 母の胎内

からお生まれになった太陽(の御子) = 五十瓊敷入彦命か? ミロク?


もちろん、金華山(イナバ山)→ 御嶽

夏至の日の出の方角、  丑寅の方角=鬼門。

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                   御岳と金華山 1/13 [写真]
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by ultra3040 | 2005-03-13 18:26 | ルーツ

神の復活


次の岩戸しめは天照大神の時ぞ、
大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、
ダマシタ岩戸からはダマシタ神がお出ましぞと知らせてあろう。
いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、
日の大神揃ふてお出まし近うなって来たぞ。
 

次の岩戸しめは素盞鳴命に総ての罪をきせて
ネの国に追いやった時であるぞ、
素盞鳴命は天ヶ下は重きもののつもりて
固まりたものであるからツミと見へるのであって、
よろずの天の神々が積もる(と言ふ)ツミ(積)を
よく理解せずして罪神と誤って了ったので、
これが正しく岩戸しめであったぞ、
命をアラブル神なりと申し伝へているなれど、
アラブル神とは粗暴な神ではないぞ、
あばれ廻り、こわし廻る神ではないぞ、
アラブル(現生る)神であるぞ、
天ヶ下、大国土を守り育て給う神であるぞ、
取違いしてゐて申し訳あるまいがな。
このことよく理解できねば、
今度の大峠は越せんぞ。
絶対の御力を発揮し給ふ、
ナギ・ナミ両神が天ヶ下を
治らすお役目を命じられて
お生みなされた尊き御神であるぞ。
素盞鳴の命にも二通りあるぞ、
一神で生み給へる御神と、
夫婦呼吸を合わせて生み給へる御神と、
二通りあるぞ、
間違えてはならんことぞ。


神武天皇の岩戸しめは、
御自ら人皇名乗り給ふより
他に道なき迄のお働きをなされたからであるぞ。
神の世から人の世への移り変わりの事柄を、
一応岩戸にかくして神ヤマトイハレ彦命として、
人皇として立たれたのであるから、
大きな岩戸しめの一つであるぞ。



ひふみ神示より
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by ultra3040 | 2005-03-07 16:31 | ひふみ神示

天照大御神

Leyline Hunting
●2002.06.24 夏至の結界には
夫婦岩の間から顔を覗かせる太陽は、まさに天孫の降臨を表し、それを待ち受けるわけだ。遥拝所に立ち、夫婦岩のちょうど真中にGPSを向けると、電子コンパスは、背後の興玉神社の本殿から伊勢内宮までが直線で結ばれることを示す。
とレポートされていて、富士より昇り来る朝日はそのまま伊勢神宮、皇大神宮(こうたいじんぐう)「内宮」へと突き刺す。天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の登場である。おそらく皇室の祖であろうか・・・。

天照皇大御神、こう聞いただけで一気に波動レベルが重くなったのは気のせい?まだまだ、払拭することがたくさんあるようですね。。万世一系・・・、万世一系って何?個人的には、こんな程度です。。天皇制度ってなんなんだ!!そんなもん、なくしてしまえばいい!お馬鹿なわたしは、どちらかというと、そんな感じです^^なんか、悪い面を見て極論を言っているのかしらね?

なんか思わず、どえらいところに来てしまった気が・・・。万世一系、天皇、騎馬民族、なんか最近そんな、キーワードで埋め尽くされしまって・・・。世間でも、天皇家は騒がれているご様子。ここまで来たら避けては通れない。。いったい、わたしのブログはこの先どこへいっちゃうの(笑)

なんて、本当はもはや、「われわれは、どこに行ってどこに行くのだろうか」と言って、あてどもなく、彷徨い続けていないで、自分のルーツを見つめ、「われわれとは、いったい何者か?」の答えを知る時期に来ているのではないのか?

『古代天皇家と日本正史―現人神と万世一系の超秘密』 の言葉を借りると、
世界が「力の道」ではなく、「いのちの道」のなかでひとつになれるよう
わたしもひとつこのようなテーマを掲げ模索してみたいと思う。
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by ultra3040 | 2005-03-07 02:30 | ルーツ

日光感精神話

日光感性神話をご存知ですか?
上記のサイトより引用しますと
神霊の精気を受けて懐妊し、神の子を生むという形式の中でも、特に女性が日光に感じて妊娠し、太陽神の子を生むといった形式。建国神話及び始祖神話として語られる。

北アジアの遊牧騎馬民族に特有の神話であり、蒙古・鮮卑・契丹・高句麗などの神話や、華北に侵入して樹立された王朝の始祖伝承にも多く見られる。

ということで、二系統の確執で取り上げた伝承
③美濃国方県郡水野郷楠見村
  県氏の娘、未婚の女が懐妊
厚見郡 伊奈波神社の神が「その二つの はわが子」との託宣
女の家に忌垣を立てて祀った。<日本霊異記>
と酷似というわけで、女の腹に日光が射し懐妊の話はおよそ、十年位前からわたしの頭の中にこびりつき、ずっとナゾだったんですね。
こちらも参考→太陽の母子神
ギリシア神話のダナエもそんな感じがしています。

そして、なんとサルタヒコも!!

以下加賀神社より
出雲国風土記によると
 『ここに窟がある。 いわゆる佐太の大神のお産まれになった場所である。 お産まれになるそのときになると、弓箭が亡くなった。 その時枳佐加比売命が祈願して、「私の御子が麻須良神の御子であるなら、亡くなった弓箭よ出て来い」 と祈願された。 その時、角の弓箭が流れ出た。 その時お生まれになった御子は詔して、「これは私の弓ではない」 と投げ棄てた。 また金の弓箭が流れ出てきた。 これを持ち取って、「なんと暗い窟であろうか」 と仰せられ、岩壁を突き破って射通しなされた。 云々
 その時光が加加とあかるくなった。 よって加加(かか)という。』


太陽崇拝

『出雲国風土記』では、洞窟の中にさした金の矢によって、枳佐加比比売命は妊娠し、佐太の大神を産んでいる。 谷川健一氏は『出雲びとの風土感覚』で、

 加賀の潜戸をおとずれて、そこでわかったことは、洞窟が東西に向いているという事実であった。 洞窟の西の入り口に舟を寄せてみると、穴の東の入り口がぽっかり開いている。 そのさきに的島とよばれる小島が見える。 その的島にも同じように東西に貫く洞窟があって、つまり、加賀の潜戸と的島の二つの洞窟は東西線上に一直線に並んで、もし的島の東から太陽光線が射し込むとすれば、その光線は的島の洞窟を貫き、さらに加賀の潜戸の洞窟もつらぬくということが分かった。 

 二つの洞窟の方向は、真東ではなくやや北の方にずれている。 したがって、それは夏至の太陽がのぼる方向に向いている。 夏至の太陽は的島の東に姿を現し、的島の洞窟と加賀の潜戸を一直線に射しつらぬく。 そのときに、それは黄金の弓矢にたとえられたのであり、太陽の洞窟から、佐太の大神は生まれ出たのであった。

と記している。 古代人にとっては、洞窟は母の胎内であり、洞窟の入り口は、門・鳥居ともいうべきもので、太陽の光がさすということは、日の御子誕生のための聖婚の行為であった。-天照大神と前方後円墳の謎より-




二見ヶ浦では、夏至の日に太陽は富士山の真上から、昇る。沖の700m沖合いには、興玉神石(→後祭神猿田彦大神の誕生石と伝えられている)が海の下に鎮まっているという…。

「太陽」が岩に依りつきお生まれになった神、猿田彦大神・・・常世の神が太平洋の彼方からよりつく聖なる場所、二見。ふたたび見る、太陽神。太陽神のよみがえり。
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by ultra3040 | 2005-03-06 23:12 | ルーツ