照山を見てをおもったこと



なんだか、いまは悲しみも、よろこびも通り越して、何もない地点にいたりする自分を、なんで、これを選んでいるんだろうといったような気持ちになって。。。

悲しみや、苦しみや、闇の中に入っていった歴史があって、照山はなんだか、それを具体的に目に見える形にして見せてくれていたけど、なんで、このような現実を選んで今ここにいるのだろうかと、思って。


何もなくなってしまった。

何もない。

でも、常に欠乏症に陥っていた思考が、ようやく、何もなくても、実は、すでに空間に満ちているということ、すべて有るということ。これを理解するために、いままでの道のりがあったのかなということ。もともと、あった〝熱田〟のが本来で(笑)  
 

有るということ、
在るということが、

もともとありてあるものであったということ。 

それは、どんなに存在をなくそうと頑張ってみたところで、
在るということは、変えようのない事実であったということ。

ただ、無いということを思い込んでしまっただけなんだということ。 


有るということは、変えようのない事実であったこと。

それは単なるギャグであっただけかもしれないこと^^



あ~あったあったあったよ、ここに!
あ~無いと思って探しまくったけど、あったよここに。


なんだよ、こんなとこにあったー!みたいな^^

それは自分自身のことであったー!みたいな#^^#



おなかに赤い炎燃やして、生きるいのちの原動力として、赤く輝く灯火を絶やすずに、生きて活きたいものですね^^
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by ultra3040 | 2005-09-25 19:51 | turugi
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