元熱田


聖なる扉に参加してきました。



本来の熱田があった地はもっと東であったこと。
各地転々と、元熱田を探された龍王さんが、たどりついたところが「天地主大神璽」の碑。
草薙の剣が奉納されていた場所がこの地であったことを確信されたようです。
剣とは、鶴亀であり、天と地の融合において、蓬莱をよみがえらせよ、という願いを込めて聖なる扉が催されたようです。

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●おじさんチャネルさんのお話やその他おもったこと

思うとおりにならないことは

生きていて、思いとおりにならいことは、たくさんある。思いとおりにしようと思うよりは、起きてくることを、そのまま受け入れて手ばなす。受け入れて手離す。
悪いことや、もううんざりと感じているなら、もうほかを求めればいいということ。ただそれだけのことなのかな。


照山

変り果てた姿はそのまま自分自身を投影しているようで、途中悲しい気持ちも出てきたけど。

東三河が、元々、本来の熱田であったこと。

われわれ人間が、物質文明に傾いたがために、熱田(草薙の剣)が西の方へ移動してしまったこと。

草薙の剣が、元々、元熱田、東三河に奉納されていたものであったが、紆余曲折を得て、転々としながら西の方へ移動してしまったこと。本来あるべきはずのものが、失われなおかつ忘れ去られてしまっていること。




剣は、斬るもの、分離するものとの認識があるが、ここでは、天と地をつなぐもの(鶴亀つるぎ)御柱である、関係性をつなぐものという意味合いであるとこと。

天地主大神碑の横に浅間大社のコノハナサクヤヒメさまが祀られてありました。



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なぜ照山が悲しいのか。
誰も見向きもしてくれない、誰もが反対の方を向いている。
だから、姿を変えてまで生きようとしている。愚かなことだ。


しかしこの地がしだいに、日の目を浴び、癒しが行われたこと。

第二チャクラが癒されたということは、陰陽の分離から統合が行われたということであり、性の本源であり、創造性の回帰に他なら気がしています。


賀茂神社のエネルギーは、とても暖かかったです。
祭りも盛大で、とても〝熱い〟一日でした。

すばらしい方たちとともに過ごした一日はほんのり暖かく、やわらかなひとときでした。

またお会いできるといいな~♪♪

別れるのがほんの少し心惜しいひと時でした^^
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by ultra3040 | 2005-09-24 17:37 | turugi
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