金神社 コガネジンジャ


五十瓊敷の奥さんの
「渟熨斗姫命(ぬのしひめのみこと)」が金神社に祭られています。
伊奈波(いなば)神社とは、夫婦の関係になります。

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■御祭神  金大神

   淳熨斗媛命(ぬのしひめのみこと)
      景行天皇第六皇女(一云 五十瓊敷入彦命の后)

   日葉酢媛命(ひばすひめのみこと) 
      垂人天皇皇后(五十瓊敷入彦命の母)

   五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)
      垂仁天皇第一皇子

   市隼雄命
      一云 五十瓊敷入彦命の御子
 ◇ 由緒 ◇
 
 当神社は古来殖産興行、財宝主宰、金運招福の御神徳あらたかな神として、篤い信仰を集めている美濃屈指の名社である。
 御鎮座の年代は遠く上代に在って、成務天皇の御世(西暦一三五年)、物部臣賀夫良命が国造としてこの地に赴任され、国府をこの高台に定められ、篤く金大神を尊崇されたと伝えられている。

 境内の東北の隅に命を祀る古墳「賀夫良城(かぶらぎ)」があり、近くに「蕪城町(かぶらぎちょう)」という町名が存するのも之に由来するものと思われる。
 
 当神社の主祭神 淳熨斗媛命は、景行天皇の第六皇女で、伊那波神社の祭神 五十瓊敷入彦命の妃である。

 伊那波神社に伝わる縁起によれば、五十瓊敷入彦命は、朝廷の命をうけて奥州を平定したが、一緒に同行した陸奥守豊益は命の成功をねたみ、一足先に都に帰り、命が帝位をねらっていると讒奏したため朝敵として攻められ、この地に至りて討滅された。
 夫の死を聞かれた妃 淳熨斗媛命は、悲しみのあまり都を発ち、御跡を慕って此の地を訪れ、爾来、朝夕ひたすら夫の死を悼んで、その故地の辺りで御霊を慰められつゝ生涯を終えられたと伝えられている。

 その間、命は地域住民を母の如く温かく慈しまれた。後世の人々は命を聖観音菩薩としてたたえ仰いだ時代もあるほど、慈悲深い神として慕われ、やがてその信仰は財宝をもたらす神として信仰されるようになった。<金神社由緒略記>
           

 ◇末社
  金祥稲荷神社
  神明神社
  物部神社
  秋葉神社 (防火の神)
  猿田彦神社 (方除の神)
  玉姫神社 (安産子安の神)
  金高椅神社コガネタカハシジンジャ 磐鹿六雁命イワカムツカリノミコト  (料理の神)

 ◇境内末社
  黒岩神社
 
 ◇史跡
  賀夫良城カブラギ 物部臣賀夫良命の奥津城(墓)
  


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by ultra3040 | 2005-04-14 21:55 | 神社放浪記
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