両面宿儺

 ←円空仏寺宝館の入管券

次はそのまま千光寺へ向かいました。
岩舟の滝からすぐの所にありました。
お寺の方はさ~っと流しました(^^;
円空仏寺宝館に入り、円空仏「両面宿儺像」に魅入りました。
味わい深い柔和な面持ちで優しさが滲み出ていて、なんというか丹生川村に行って感じた雰囲気域とマッチしていました。丹生川村は初めて行ったんですが、優しく暖かい心地で住みたいところのカウントに入りそうですo(^^)o 岩舟の滝といいまた行きたいと思いました。


    両面宿儺像(りょうめんすくな)
   
 千光寺を開山したともいわれる両面宿儺は、日本書紀によると、「体は一つであるが、顔が前後にあり手足が四本ずつある力持ちであった。四本の手で弓矢や剣を同時に用いて、皇命に随わなかったため征伐された」という意味のことが記されているようである。  
 しかし飛騨人にとっては飛騨の国を統治していた豪族であったとして、なじみ深い存在となっている。円空は、これの造形化に当たり独特の感覚と想像性をもって、後ろにあったという顔や手を前に並べ、持っている弓矢を斧にかえた。顔の表情も善悪両面を表わしている。善を中心にしているところから、飛騨人の立場になって造ったのではないかと想像される。円空の晩年作で屈指の傑作とされている。(以上飛騨国・袈裟山千光寺パンフレットより)


 円空仏寺宝館の館長の方に熱心な案内をしていただきいろいろと丁寧に教えて頂きました。両面宿儺は円空仏の中でも最高傑作のひとつなのだそうです。けっこうずっと見ていたいと思うものでありました。完成度が高いなーという思いです。他にも何体も円空仏があり見ごたえがありました。
 円空は生涯おそろしい数の木仏を彫っておりその多くは未だ発見されてないとのこと。あまりその価値を理解されずに薪の木に燃やされたり、打ち捨てられ腐って朽ちたりして残らなかったということを言っておられました。
 円空は修行の中の一つとして「仏を彫る」ということを行い続けたということだそうです。苦しんだりしている人に「希望の力」を造仏というかたちで、惜しみなく与え自らの仏道修行により得た功徳を自分が受け取るとともに、他のための仏法の利益をはかること=自利利他の実践者であったということだそうです。苦しむ人と共にあり、そして仏彫をして人に生きる力を与えた、なるほど円空仏の何をかを垣間見た気がします。う~む、うなります。


千光寺では雪を頂いた御岳を見させていただきました。千光寺のお坊さんによれば、ここのところすっきりしない天候で御岳はずっと見えなかったということです。お坊さん言く「みなさん、日ごろの行いがいいのですね~」いっしょに遭遇した老人会の団体の人に話されていました(^^)あたかも天空の城のように雄大でした。も~写真わかりにくい・・・画面中央=御岳

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by ultra3040 | 2004-11-22 22:12 | 神社放浪記
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