新しいブログのお知らせ


まだ見ていただいている方、ありがとうございますぅ~。☆:*:・,*。・:・゚'・’☆。・:・゚
お待たせしました^^ いのちのきずなⅡをはじめました。(更新は不定期) 

引き続き、〝いのちのきずなⅡ〟もよろしくご愛顧くださりますようおねがいいたします♪           
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# by ultra3040 | 2005-11-23 12:26

帰還



そういえば、フッと立ち止まってさんの「空」の記事に出てきたカードは、なにか奥の方で光っている物を発見している絵でしたね。それを思い出しました。


そういえば、こないだ行ったCafe HIZUKIさんのとこで、握らせてもらった器から、〝愛〟と呼ばれるようなものを見たと思ったんです。

それは、握っていた手の平の中に地球があって、大事な地球だと思ったら、地球が輝きだしていて、まばゆいばかりのその光は、自分の手の中からあふれ出すように光輝いているのを目の当たりにして号泣しているのでした。

Cafe HIZUKIの洋子さん、その数日前に光に包まれている自分を感じたとお話してくださり、それが目の前で起きたのをここで見たとおっしゃってくださいました。



昨夜久しぶりに、家でまったりしながら酒器を触ってみようと
手にとって、じっくりエネルギーの様子を感じていたところ

遠くにエネルギーの固まりを捉えて、それを集めていったのね
集めて固まりにしつつあるエネルギーが何者なんだろ?
なんて感じながらも、続けていたら....

涙がつたって流れ始めて、最初は静かな涙で
でも、途中から子供が泣くような感じで「悲しいんだよ」って
訴えかけてくるようだった

私は他人のような感覚で泣く自分を見つめながら
「誰のエネルギーなんだろ?私の?彼の?」と集め続けた

暗い固まりのようなエネルギーが、だんだん薄れていって
無くなってきた時、涙は自然に止まった(*_*)
他人のような感じで声も出しながら、泣いていたけど
その声も止まった

すると、器の揺れていたエネルギーが、細かい優しいエネルギーになって
揺れがなくなって、静かに優しく包み込む感じになった

私はひたすら「どんなあなたも愛している、いつどんな時だって
あなたを愛して止まない、あなたのすべてを愛している
安心して、何も恐くないよ、いつもどこでも私はあなたとともに居る」
といい続けた

私の過去の人格に対してなのか、誰かのか解かんないけど
しばらく言い続けた、エネルギーが落ち着くまで
私の愛=光で包み込むイメージで言い続けた

ベッドに入ったとき、不思議な事がまた起こった
枕元に「火水伝文」を置いて寝たんだけど、自分が光のコクーンに
なったかのように、輝いて包まれているのを感じた

みんなの準備が始まって、整いつつあるのだなぁと浮かんだ
準備ができつつあるんだ、その時が近いのだろう

魂の扉を開きに色々な方々が訪れてくださるのも、その証
時は刻まれて、知らないうちにその時を迎えようとしているんだろうか?

何かは知らない、けど近い

私は私を生きて、私を表現する日々を過ごす
私らしく、素直に生きて、私そのものを表現して生きる
生かされている日々に感謝して、結果を求めず、結果を気にせず
私らしく生きるだけ、ただそれだけ

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# by ultra3040 | 2005-10-25 23:24

神淵神社



いろいろ次のステップに移る過程があるようですね☆
これから、準備段階に入るようです。

つぎも必ず用意されているようです。
すごい展開です@@;

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# by ultra3040 | 2005-10-23 07:49 | 神社放浪記

◆天武と伊勢神宮


天武となったが「日本」という国号も「天皇」という倭王の称号も670年の天武朝に始まるのである。天皇の即位儀礼と祭祀制度を定め、伊勢神宮を皇祖神を祭る国家奉祭の神宮として確立したのも天武(蓋蘇文・大海人)である。

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# by ultra3040 | 2005-10-16 13:40 | ルーツ

「大海人と蓋蘇文は同一人物」の証明



大海人と蓋蘇文には多くの共通点がある。まず身体的な特徴が完全に一致する。

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# by ultra3040 | 2005-10-15 23:44 | ルーツ

忍熊王

忍熊王については、密かに謎と思っていた。
下記において、なんとなく日本武尊とかぶっていると思った。


 ※忍熊王は福井の剣神社にて遭遇
  →忍熊王(都留支日古命?)



草と草薙剣より「両面宿儺」から安吾の仮説の項より抜粋

つまり日本武尊は熊襲兄弟を殺した。
その殺し方は女に変装して安心させておいて刺し殺した。

熊襲タケルは私の名のタケルをとって日本タケルとよびなさいと自分の名を彼(日本武尊)に伝えている。


ところが武振熊は忍熊王をだまして武器をすてさせて殺した。

  〔猪(伊吹山の白猪)と素手で戦って、伊吹山で死ぬ=日本武尊〕



そして両面スクナと忍熊王とはともに武振熊によって殺されている


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

■ 奈良市押熊町(おしくまちょう) 八幡神社 その2


神功皇后は、京都の宇治に潜む忍熊皇子を、家臣の武内宿禰(たけのうちすくね)と、

和邇(わに)の臣の祖先 
   〔★〕武振熊(たけふるくま)に、忍熊皇子を討つよう命じます。


家臣の武内宿禰は、知恵を絞り、ズルをしまして~ 武器を隠し持ってながら、弓の弦を切り、武器を捨てたふりをして~ 忍熊皇子と和睦を進めます。

忍熊皇子は、これにすっかり騙されちゃいまして・・・近江の逢坂(おうさか)で追いつかれ、瀬田の渡りに沈んで亡くなったそうです。
で、忍熊皇子の部下たちは、近江の狭狭浪(ささなみ)の栗林(くるす)で切られと言われています。



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Vol.1:美浜、敦賀を訪ねて

敦賀はなんと古事記の仲哀天皇の条に角鹿(ツヌガ)として登場している。

仲哀天皇の皇子、品陀和気(ほむだわけ)

が異母兄を  沙沙那美(ささなみ)(琵琶湖)に
追い詰めて滅ぼした後、禊(みそぎ)のために敦賀を訪れた時に、

地元の神、伊奢沙別命、が夢に現れて、

「吾が名を御子の御名に易(か)えまく欲(ほ)し」
と言い、御子がそれに応じたと言う。



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両面宿儺は凶賊か

 〔★武振熊が両面宿儺を退治する。〕
 

『日本書紀』は仁徳天皇六五年、和珥臣の祖・タケフルクマが飛騨国の怪人・宿儺を退治した話を伝える。
「六十五年、飛騨国に一人有り。宿儺と曰ふ。其れ為人、体を一にして両の面有り。面各相背けり。頂合ひて項無し。各手足有り。其れ膝有りて膕踵無し。力多にして軽く捷し。左右に剣を佩きて、四の手に並に弓矢を用ふ。是を以て、皇命に随はず。人民を掠略みて楽とす。是に、和珥臣の祖難波根子武振熊を遣して誅さしむ」
 原文ではわずか八四文字、この話は『日本書紀』にのみあって『古事記』にはない。タケフルクマは仲哀記に「難波根子建振熊命」、神功紀に「和珥臣の祖武振熊」とあり、神功・応神と争う忍熊王を攻めた将軍と伝えられる。タケフルクマの事績として伝えられているのは、忍熊王追討と宿儺退治の二つのみである。

 ただし、『古事記』では忍熊王を近江で入水に追い込んだのはタケフルクマその人とされているが、『日本書紀』ではその役を武内宿禰が果たしたことになっている。
 いわば、『日本書紀』におけるタケフルクマは、忍熊王追討で武内宿禰に譲った分の出番を、宿儺退治で取り戻した形になっているのである。


※〔 〕はわたしの付け足し。

別に 安吾探偵の方法 ですこぶる面白みがあると思った。
じっさい、ひとり二役をやってのけて実際その名を歴史にとどめている人物が姿を現し始めている。
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# by ultra3040 | 2005-10-15 21:27 | ルーツ

劔神社(剣神社)


 ●御祭神
   素盞嗚大神 
   氣比大神
   忍熊王(都留支日古命?)

 都留支日古命(スサノオの子)
忍熊王は仲哀天皇の皇子であり、都を離れて越の国に遠征され賊徒を征討。悪戦苦闘の際に、霊夢によって伊部臣にあい、神剣を得て賊徒を平定。この神剣をもって素戔嗚尊の御霊代(都留伎日古命)としていつき祀り、忍熊王は神恩感謝の為に織田の地に社をいとなみ「劔大明神」としてまつられた。
北陸縦断駆け抜け詣でより


忍熊王は、素盞嗚大神からもらった剣で賊を平定。その剣を奉納して祀ったのが「劔神社」のはじまりとしている。


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  → 劔神社由緒略記 クリックすると拡大します。
        注!)ちょっと読みにくいです・・・

ここでも道鏡(弓削道鏡)の文字が見られました。
殊に所蔵する国宝の神鐘は第四十九代光仁天皇が白壁王と申されていた頃、弓削道鏡の野望を砕くために当社に大願が掛けられ、成就の御礼として御奉納戴いたといわれている

どうも、宇佐八幡託事件がからんでいるようすです。 越前国ニの宮 劔神社 由緒書
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# by ultra3040 | 2005-10-15 16:54 | 神社放浪記

ナゾの日神

 古事記によると、ツヌガアラシトは角がある人という意味で、朝鮮半島の伽耶から渡来してきた王子であるという。
 古代史研究家によると、同じく新羅から渡来してきた王子「天之日矛」と同一人物であるとも指摘されている。
 伽耶は新羅に征服された経緯があることから、天之日矛は日本に渡来してきた新羅系伽耶人の象徴的な存在ではないかといわれている。

 また、天之日矛には別名が多く、越前の気比神宮の主祭神「イササワケ命」のほか、近江の鏡神社の主祭神「天目一箇命」、御上神社の主祭神「天御影命」とも同一人物とされる。
 しかも、籠神社の伝承によると、この天御影命は天火明の別名であるという.....
月間ムー1月No.278より(以上抜粋)




気比神宮(気多大社、宇賀之御霊etc...)
カ行の音は、古代食物を意味した。

豊受大神も、食物に関わる



ということは、気比神宮は、もともとは豊受大神を祀っていたということ!?

また、熊野で、ひんぱんに登場するスサノオの別名「家都美御子」や、「神祖熊野大神櫛御気野尊」(スサノオの諡号)の「ミケ」も御食で、食物を司っているということ??


応神天皇が「伊奢沙別命」と名前を交換している

「吾が名を御子の御名に易えまく欲し」


①名前を交換しているということは、スサノオが、御食神(豊受、国常立)と交換したのか?
ここで、男が女なりすまして、だまし討ちの神話が成り立つような気がする。(ヤマトタケルと熊襲タケル?) 


②国常立大神が大元神とカモフラージュしたことや、豊受大神を食物を司る神として曖昧にしたこととリンクしているような気がする。宇佐神宮と大元神

宇佐八幡事件などが、密接に関わっているのかもしれない。
道鏡と宇佐神宮


というわけで、まとめてみると、

★応神天皇は角鹿の笥飯大神と名前を交換し、大神を去来沙別(いざさわけ)の神とし、応神は誉田別(ほむだわけ)尊としたとある。すると、応神の元の名前は去来沙別であり、天日槍ということになる。即ち、新羅・加羅系の人であったということになるのである。

★気比神功の祭神である伊奢沙別命は、新羅の王子天日槍であり、都怒我阿羅斯等でもある

三井寺>連載>新羅神社考>福井県の新羅神社(1)より抜粋



わたしも頭の中ごちゃごちゃだったが、こう記事にしてみるとなんとなくわかったような気がする・・・き、き、気がするだけ・・・?

その他参考
 *御井神の系譜
 *Vol.1:美浜、敦賀を訪ねて

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# by ultra3040 | 2005-10-11 20:59 | ルーツ

気比神宮


伊奢沙別命(いざさわけのみこと)

千有余年、天筒の嶺に霊跡を垂れ境内の聖地(現在の土公)に降臨したと伝承される伊奢沙別命は笥飯大神(けひのおほかみ)、又の名を御食津大神(みけつおほかみ)と称へ奉り食物を司り給う神で、上古より北陸道総鎮守と仰がれ、海には航海安全と水産漁業の隆昌、陸には産業発展と衣食住の平穏に御神徳、霊験著しく鎮座されている。また、ケは食物を意味し、ヒは霊妙(不可思議な働き)を意味するとも伝えられる。また、弘法大師が立宗された真言宗(密教)では、高野山真言宗の四大守護神(四社明神)のひとつとして祀られ、伝教大師が立宗された比叡山天台宗においても山中に氣比神社を建て守護神として祀られている。 気比神宮ホームページより

          ▼右が天筒山、左が伊奢沙別命が降臨したといわれる土公

           


           




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亀の口から水が流れています。気比の長命水
ここでもいのちの水と書かれてありました。
無病息災と延命長寿の御利益だそうです。

◆御祭神
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# by ultra3040 | 2005-10-11 17:21 | 神社放浪記

生きる力


 
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# by ultra3040 | 2005-10-08 19:24 | めっせーじ

秋桜




   
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# by ultra3040 | 2005-10-08 07:17 | めっせーじ

照山を見てをおもったこと



なんだか、いまは悲しみも、よろこびも通り越して、何もない地点にいたりする自分を、なんで、これを選んでいるんだろうといったような気持ちになって。。。

悲しみや、苦しみや、闇の中に入っていった歴史があって、照山はなんだか、それを具体的に目に見える形にして見せてくれていたけど、なんで、このような現実を選んで今ここにいるのだろうかと、思って。


何もなくなってしまった。

何もない。

でも、常に欠乏症に陥っていた思考が、ようやく、何もなくても、実は、すでに空間に満ちているということ、すべて有るということ。これを理解するために、いままでの道のりがあったのかなということ。もともと、あった〝熱田〟のが本来で(笑)  
 

有るということ、
在るということが、

もともとありてあるものであったということ。 

それは、どんなに存在をなくそうと頑張ってみたところで、
在るということは、変えようのない事実であったということ。

ただ、無いということを思い込んでしまっただけなんだということ。 


有るということは、変えようのない事実であったこと。

それは単なるギャグであっただけかもしれないこと^^



あ~あったあったあったよ、ここに!
あ~無いと思って探しまくったけど、あったよここに。


なんだよ、こんなとこにあったー!みたいな^^

それは自分自身のことであったー!みたいな#^^#



おなかに赤い炎燃やして、生きるいのちの原動力として、赤く輝く灯火を絶やすずに、生きて活きたいものですね^^
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# by ultra3040 | 2005-09-25 19:51 | turugi

元熱田


聖なる扉に参加してきました。



本来の熱田があった地はもっと東であったこと。
各地転々と、元熱田を探された龍王さんが、たどりついたところが「天地主大神璽」の碑。
草薙の剣が奉納されていた場所がこの地であったことを確信されたようです。
剣とは、鶴亀であり、天と地の融合において、蓬莱をよみがえらせよ、という願いを込めて聖なる扉が催されたようです。

←賀茂神社




●おじさんチャネルさんのお話やその他おもったこと

思うとおりにならないことは

生きていて、思いとおりにならいことは、たくさんある。思いとおりにしようと思うよりは、起きてくることを、そのまま受け入れて手ばなす。受け入れて手離す。
悪いことや、もううんざりと感じているなら、もうほかを求めればいいということ。ただそれだけのことなのかな。


照山

変り果てた姿はそのまま自分自身を投影しているようで、途中悲しい気持ちも出てきたけど。

東三河が、元々、本来の熱田であったこと。

われわれ人間が、物質文明に傾いたがために、熱田(草薙の剣)が西の方へ移動してしまったこと。

草薙の剣が、元々、元熱田、東三河に奉納されていたものであったが、紆余曲折を得て、転々としながら西の方へ移動してしまったこと。本来あるべきはずのものが、失われなおかつ忘れ去られてしまっていること。




剣は、斬るもの、分離するものとの認識があるが、ここでは、天と地をつなぐもの(鶴亀つるぎ)御柱である、関係性をつなぐものという意味合いであるとこと。

天地主大神碑の横に浅間大社のコノハナサクヤヒメさまが祀られてありました。



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なぜ照山が悲しいのか。
誰も見向きもしてくれない、誰もが反対の方を向いている。
だから、姿を変えてまで生きようとしている。愚かなことだ。


しかしこの地がしだいに、日の目を浴び、癒しが行われたこと。

第二チャクラが癒されたということは、陰陽の分離から統合が行われたということであり、性の本源であり、創造性の回帰に他なら気がしています。


賀茂神社のエネルギーは、とても暖かかったです。
祭りも盛大で、とても〝熱い〟一日でした。

すばらしい方たちとともに過ごした一日はほんのり暖かく、やわらかなひとときでした。

またお会いできるといいな~♪♪

別れるのがほんの少し心惜しいひと時でした^^
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# by ultra3040 | 2005-09-24 17:37 | turugi

アスタルテ

長谷川さんより、アスタルテと聞いてしらべてみました。

アスタルテ(Astarte)



 アラブ人にとってはアスタルテはアトタルAthtar(明けの明星)であった。アラム語〔北西セム語族に属する語〕では、アスタルテはAttar-Samayinと書かれ、「天界の明けの明星」を意味した。そして女神の中で両性が統一されていた。それは明けの明星ルシフェルやディアナ・ルシフェラの場合と同じであった。



しかも、アスタルテAstarteにもユリが捧げられたとあり、ヒメタタライスズヒメもユリが捧げられるので、およそ同一神
http://ultra3040.exblog.jp/3330503/
http://ultra3040.exblog.jp/3330643/



アシラト、アスタルテ、アシュタロテ
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# by ultra3040 | 2005-09-20 22:11

アラハバキ 7

さっき、長谷川さんのコメントから検索していましたが、以下のページを見つけました。

長谷川さんのコメントの中にもありましたが、イギリスのマイケル/メアリーラインについて触れています。直感的に、これってアラハバキだと感じたので、一応アラハバキのしめでご紹介しておきますね^^

「神話・奇跡・時代を画する出来事」

どうしてアラハバキと感じるのかよくわかりませんが、アラハバキってやはり対なんでしょうか?

と思っていたらこちらのサイト↓は、そのままアラハバキでした^^;
『聖ミカエルの塔:グラストンベリーのトールの丘』
ばっちりぐーです^^

(こうしてみていると、ミカエルってスサノオですね。)

特に上記のサイトはわたしのアラハバキ論より、
さらに洗練されたメッセージとなっています^^
ちょうど、ミカエルより、サポートが来たようです!
ミカエルも片手に聖なる剣を携える者です。

彼の愛の炎の剣をみなさんも受け取ってくださいね☆ミ
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# by ultra3040 | 2005-09-17 21:11 | レイライン

アラハバキ 5


●大岩戸(言答)開き


神の申すことは、一部一厘違はんのであるぞ、今度言ふことを聞かねば大変な気の毒となるぞ、地の下になって了ふのであるぞ、12345678の世界が12345678910の世となりて、012345678910の世となるのぢゃ、012345678910が○九十と申してあろうがな、裏表で二十二ぢゃ、二二の五ぢゃ、二二は晴れたり日本晴れぞ、判りたか。

太陽は十の星を従えるぞ、原子も同様であるぞ、物質が変るのであるぞ、人民の学問や智では判らん事であるから早う改心第一ぞ、二二と申すは天照大神殿の十種の神宝にヽを入れることであるぞ、これが一厘の仕組み。二二となるであろう、これが富士の仕組み、七から八から鳴りて十となる仕組み、なりなりあまるナルトの仕組み。富士(普字)と、鳴門(成答)の仕組みいよいよぞ、これが判りたならば、どんな人民も腰抜かすぞ。一方的に一神でもの生むことできるのであるが。それでは終わりは完うできん、九分九厘でリンドマリぞ、神道も仏教もキリスト教もそうであろうがな、卍も十もすっかり助けると申してあろうがな、助かるには、助かるだけの用意が必要ぞ。用意はよいか。このと大切ごと、気つけおくぞ。なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士(普字)晴れるぞ、大真理世にでるぞ、新しき太陽が生まれるのであるぞ。


千引岩戸をひらくことに就いて神は今迄なにも申さないでゐたのであるなれど、時めぐり来て、その一端をこの神示で知らすのであるぞ、素盞鳴の命のまことの御姿が判らねば次の世のことは判らんぞ、神示をいくら読んでもカンジンカナメのことが判らねば何にもならんぞ。  


- 以上 ひ ふ み 神 示 より -
   
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# by ultra3040 | 2005-09-15 18:05 | ひふみ神示

亀石

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明日香では時間の都合で、酒船石と、亀石だけしか回れなかったのですが、なんというか濃いものを感じました。道祖神などに見られる、夫婦和合や、陰陽和合などのシンボルも多く、また橿原神宮でもそういったイメージをいただきました。(剣と螺旋)




       


最後は生国玉神社で、大阪に入り佳祥さんとお別れしました。
生国魂(いくたま)社 島々の霊を祀った古代の社
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# by ultra3040 | 2005-09-10 15:30 | 旅行記 〔天河〕

明日香

明日香でお昼ご飯を食べました。
古代米の定食だったんですが、とてもおいしかったです^^【古代米御膳】

       
       

このころから大粒の雨が。
遺跡見学はどしゃぶりの雨の中で・・・

酒船石遺跡...
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# by ultra3040 | 2005-09-10 12:26 | 旅行記 〔天河〕

橿原神宮

龍神温泉のつづきです。(二週間まえのことでだんだん記憶が薄れつつある・・・^^;)

龍神温泉を出て、高野スカイラインを通り、明日香に向かいました。
途中高野山を通過したのですが、高野山って結構大きな宗教都市なんですね。標高どれだけかのところに突如現れた宗教都市空間、寺院の数々に驚きました。

で、そのまま明日香に入り、先に橿原神宮にお参りすることに。


     

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# by ultra3040 | 2005-09-09 21:55 | 旅行記 〔天河〕

ナービー

台風14号のナービーは、韓国語がらいしいが、「チョウチョ」という意味なのだそうだ。

北山さんのブログ、Native Heartのに、チョウチョという名前のスーパー・タイフーンという記事でそう書かれていました。


                  

玉置神社でも、駐車場から神社に行く途中の参道でもちょうちょが舞っていました。行きもかえりも見かけました↑^^

ナービーもカトリーナほどではないけれども、各地で猛威を振るっていたようですね。

今朝出勤するとき、しばしの嵐で、みんなはしゃいでいましたが、それだけでよかったです。

これからは、悪いことと同時に、よい兆しがスタートしていくような気がします。


チョウチョはネイティブ・アメリカンの世界では「とてもスピリチュアルな存在」と考えられている。チョウチョがいるところにはとてもよいスピリットが降臨していると。それはまた「変化」の兆しでもある。生物学的用語では「変態」であり、芋虫からチョウチョへはまさしく「大変貌」をとげるものである。


変態だそうだ。へんたい?^^

脱皮して「チョウチョ」になる。

いいねぇ!
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# by ultra3040 | 2005-09-07 22:35

龍神温泉

2日目は、龍神温泉に宿泊しました。

どえらい山奥でした。ほんとに紀伊半島の奥の奥に旅をしたようです。こういう神社ばっかし行く流れになる前からふつうに旅行したいと思っていましたが、なぜか行かなかったり行けなかったのか今回ここまできたので、満願です。

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こちらも清流のようですね。
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今回こちらに来るまで、龍神温泉がなんなのかがわかりませんでした。
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# by ultra3040 | 2005-09-04 17:01 | 旅行記 〔天河〕

玉置そらもよう





うろこ雲が…
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# by ultra3040 | 2005-09-04 14:46 | 旅行記 〔天河〕

玉置神社 2

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三柱神社 
かわいらしい雰囲気のおきつねさん


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玉石社 玉置神社のご神体だそう。三本のの木に囲まれているのか、玉石は頭だけのこして、すっぽり埋まってしまっている。鹿島神宮の要石を思い出す・・・ 




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                         玉石社
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                         常立杉
●参考 境内案内
霊峰 玉置山・玉置神社読本

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# by ultra3040 | 2005-09-03 23:17 | 旅行記 〔天河〕

玉置神社 

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右側はしゃくなげの花がなくなった木ですね、初夏の頃に群落が見れるくらい、たくさんありましたよ。

国常立尊の名が見えますね。

玉置神社の主祭神は
大地を最初に形成した「国常立尊」です。
生命活動の根源にあたります。
大地創造はものすごい神さまのパワーとエネルギーで成し遂げられました。
それだけに、この大地創造のパワーとエネルギーが御神徳、ご利益なのです。
~ですから新しく物事に挑戦していこうとする人々から崇められています。~

  玉置神社のご神徳より

「国常立尊」は多くの神道流派が生まれてきた過去には、太元、元始、元神という形で「宇宙の本源神」とされています。大本教における「艮の金神(うしとらのこんじん)」。吉田神道では大元尊神にあたる神として最も重視しています。さらに伊勢神道(度会神道・外宮神道)でも宇宙の根源神とされ、大変重要な役割を持っています。
  玉置神社の神様より

大元神ですね。
はじめの神
            

そういえば、山の上だったせいか、砥鹿神社奥宮を思い出しました。山の上の神社はひさしぶりです。

巨樹紀行!?
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# by ultra3040 | 2005-09-03 22:32 | 旅行記 〔天河〕

そして一路玉置神社へ向かって南下


途中で十津川のあたりかどこかで、お昼休憩に。

麺類と甘味どころがメニューだったので、
うどんを食べたあとに、葛切り餅なども注文して満腹に(^▽^)おいしかった♪

天川を検索していたときに、きっぽーしの徒然暮らしさんのページに行き当たり、玉置神社の 記事もあったのでわ~!と思って拝見していたら、

  それになんとここは行きたくても行けないところ(らしい)です。
  ある人いわくここへ来れるかどうかは玉置の神様が選ぶそうです。


とのこと。だから、途中で玉置神社に登るとき工事の時間制限で、足止めを食っていたのだろうか・・・14時半ごろについたけど、15時まで通行止めだったのです。30分で山の中だから、迂回していたら余計時間かかるし、30分車の中で、おしゃべり。

いっしょに行った方が、こころの整理になったとのことでした。

宇宙の妙なるなんとかというやつでしょうか。

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ここでも、神武天皇と八咫烏の伝承に彩られております。。
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# by ultra3040 | 2005-09-03 21:54 | 旅行記 〔天河〕

天川をあとにして洞川へ

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鍾乳洞と龍泉寺へ寄りました。

鍾乳洞では、なんか頭痛かったでくらくらしていました^^;
山を少し登ったところにありました。大峰奥駆道が遠くに見えるようで、景色は抜群です。なんとなく伊勢の朝熊山に雰囲気が似ています。朝熊山でも快晴に近い天候だったのと、「八大竜王」のせいでしょうか。朝熊山も八大竜王が祀ってあります。

お不動や剣など、それっぽいものがたくさん。。
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# by ultra3040 | 2005-09-03 11:17 | 旅行記 〔天河〕

大峯本宮 天河大辨財天社


            
            



朝早く起きて、朝拝に参加してきました。

天川は村全体が神気に満ち溢れ、神々しい雰囲気に包まれており、宿に入ったときから、清々しい気持ちで過ごしてきました^^

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# by ultra3040 | 2005-09-03 02:04 | 旅行記 〔天河〕

天川への道


 ■大名持神社

               

   こんなところに、オオナムチ? 不思議におもってちょっとよりみち。






 ■丹生川上神社下社


   ・祭神 闇淤加美神


  写真はぶれぶれです・・・

   太古の名水 いのちの水
    「丹生の御食の井」


との看板がありました。
たまたま、豊受大神は、御食津の神という話をしているところに、日本最古の水の神という看板に惹かれて立ち寄りました。
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# by ultra3040 | 2005-09-02 22:38 | 旅行記 〔天河〕

岩神神社

           

              


前から気になっていた神社

発端はなんだったかな・・・

「鹿塩」だったかも。。

伊奈の分杭峠に行くときに武御名方神が天孫をむかえうったところだったけ?

で、そのあとに六甲に行く途中で同じ地名を見て。




吉野では、「樫尾」という地名らしい。




樫は、白檮カシの白木のことと書いてあった。
(http://kamnavi.jp/as/yosino/kasio.htm)

檮はイチイを意味していたりするみたいだし。。
白木は新羅だろ・・ ?


今回の旅は、神武 が必ずリンクしてきます・・・

                  神武天皇遥拝所→




正面から見たら、岩の大きさに圧倒されるだけで、謎に包まれた神社でよくわからなかったけど、帰り際に、老婆、お婆さんが現れて、「岩神」のかみさまの由来について教えていただきました。わたしたちは、暗くて見えなかったんですが、横から回ってみると、岩が割れて隙間があるとのことでした。

お婆さんの話では、

  ・岩と岩の間をを押し分けて出てきた神 (岩にはちょうど割れ目がある)

  ・神武天皇が追ってから逃げて来るのをたすけた世の元からの岩の大神様
    

天押岩雲神??と聞こえたのですが、調べてみると、
「石穂押分神」、または「石分神」だそうです。
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# by ultra3040 | 2005-09-02 21:32 | 旅行記 〔天河〕

赤目四十八滝

『赤目』の由来は、役の小角(えんのおづぬ)が滝に向かって行を修めていると、不動明王が赤い目の牛に乗って出現したという伝説から来ているのだそうです。
    http://www.akame48taki.jp/special/takimairi/index.html


           

全部行ったら、往復3時間くらいかかるそうなので
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# by ultra3040 | 2005-09-01 22:24 | 旅行記 〔天河〕